【紅葉】

庭院に置かれた卓子と椅子。
秀麗は椅子に座って遠くを見つめる絳攸を見つけた。何処かぼんやりとした様子が気になって秀麗はそばまで歩み寄る。
「絳攸様?」
絳攸はびくりと身体を震わせた。
どうやら秀麗に全く気づいていなかったらしい。
「秀麗か、どうした?」
「私は、どうもしません。絳攸様こそどうなさいました?」
秀麗は以前教えてもらった話を思い出す。
『絳攸が庭院で考え事をしている振りをしている時はね、ほとんど迷子歩き疲れで休んでいる時なんだよ』
軽やかに笑いながら彼の人は言ったものだった。
「俺も、どうもしない。紅葉の季節だなと思っていただけだ」
秀麗は絳攸の視線の先を捉える。確かに貴陽を囲む山々は色づいていた。山の麓の深い緑は頂に登るにつれて紅や黄に染まっている。
秀麗は苦笑いをした。
「子供の頃は、この庭院も綺麗だったんですよ」
邵可邸の庭院の木々は寂しい。春になっても花は咲かず実はならない。葉は辛うじてつくが覆い茂るほどではない。秋になれば紅葉する前に疲れたように落ちてしまう。
「・・・・うらやましいか?」
絳攸は秀麗の目を捉えて静かに聞いた。
「そうですね。少し前までは」
「うん?」
「今は桜と李がありますから」
それらの木々だって紅葉を楽しむほどではない。
「そうか」
秀麗はニコリと笑う。
「はい。
確かに少し前までは羨ましかったです。口に出しては言えませんでしたけど。花や実を食べてしまった事に後悔はしていませんし・・・。それでも他邸の庭院を見ると・・・卑屈に木々を見上げる時もありました」
「お前が、か?」
秀麗の性格上、卑屈という感情が想像つかなくて絳攸は聞き返す。
「ええ」
絳攸は気になって秀麗の手をとる。
「っ絳攸さま!」
秀麗は手をびくりと震わせて引く。が、絳攸に掴まれた手は引き戻されてしまった。
狼狽する秀麗に目もくれずに絳攸は秀麗の両手をそっと開かせた。秀麗の手のひらは綺麗なままだった。爪の跡すら残っていない。
(・・・確か、あの時は)
絳攸はほっと息を吐く。
満開の桜の下で、秀麗は庭院の話を主上に語った。握り締めた拳を血に染めて。
あの時、拳を開かせたのは静蘭だったけれども。
季節は移ろい秀麗の周りには人が集まった。彼女も庭院もあの時のままではない。刻とともに人も心も前に進む。
「秀麗。この庭院の木々は立ち枯れている訳ではない。専門外だからいい加減な事しか言えないがな。力を溜めているように俺は思う。いつか咲き誇るさ。
それに紅葉は近くで見るより、少し離れて見るほうが綺麗だ」
秀麗は目を見開いた。
慰める事。元気づける事。彼はとても不器用なのに。
秀麗は、はい、と頷いた。
そして絳攸の手を力強く握り返した。
「・・・し、秀麗?」
「絳攸様。中に入りましょう。お茶を淹れます」
秀麗はそう言うと絳攸の手をひっぱって立たせる。
「お・・おいっ
 秀麗、手・・・手をっ」
「もう少しこのままで。
こんな冷たい手になるまで、紅葉を見ながらまったりしちゃ駄目です。風邪引きます」
絳攸の冷えた指先をしっかり握った秀麗はずんずん歩いていく。絳攸は躓かないよう気をつけながら辺りをうかがった。武官ではない絳攸ですら感じ取れるほどの冷気。
(まぁ、いいか。取り繕っても今更だ)
今慌てて手を離しても、絶対零度の嫌味と殺人的な仕事が身に降りかかるには違いない。
それなら、もう少しこのままで。
指先からじんわり暖かい熱。歩き疲れた身体にも染み渡るようで絳攸は本当に束の間の温もりを噛みしめた。



                     了
          
20071111




なんだ。やっぱりそうだったんじゃないか、という話が書きたかったんです。