【イチョウ】

 二本の大きなイチョウ。
連れ立って歩いていた絳攸と秀麗は足を止めた。
「これは、すごい臭いだな」
二人の足元には色づいたイチョウの葉と銀杏がコロコロしている。
「風物詩といえば風物詩ですよね」
秀麗は苦笑する。うっかり銀杏を踏まないように気をつけて木を見上げた。大樹だった。枝は互いの木に突き刺さる勢い。幹は真っ直ぐに天に向かって伸びている。二本の木はどこまでも平行線のように伸びていた。
「絳攸様。
 まるで競い合っているように見えませんか?」
どちらが天に近づけるのか。
絳攸は首を振った。
「俺には『愛おしい』と互いに手を差し伸べているように見えるがな」
「こ・・・ここ、絳攸様?」
秀麗は、幻聴を聞いた気がした。絳攸が・・・・なんと言った?
絳攸は苦笑する。
「雄株と雌株だろう?
 この二本は」
「え?」
「イチョウの木は雌雄が決まっているからな。雄株だけでも雌株だけでも実はならない」
「そう・・・なんですか?」
目を見開いて秀麗は絳攸を見上げる。
秀麗にしてみれば、銀杏がよくなる場所とならない場所がある、ぐらいにしか思っていなかった。
一家の家計を預かる身としては、その程度の認識だったのだ。
絳攸は少し寂しそうな横顔で呟いた。
「懸命に枝を伸ばしあって触れる。絶対に寄り添う事の出来ない距離を埋める為に必死になっている」
秀麗は心臓の奥にツキンと痛みを覚える。
(一体誰が、絳攸様にこんな顔をさせるのかしら)
鈍感と、よくよく言われる秀麗だが何故か絳攸に対しては直感というものが働く事がある。
秀麗は意を決して息を吸い込んだ。
「こうっ・・・・っげほ、こほっ」
「おい。
 大丈夫か」
秀麗はイチョウの異臭を思い切り吸い込んでむせる。さらに異臭を吸い込む破目に陥る。
絳攸は秀麗の背を擦りながら木から離れようと秀麗を促す。
秀麗は涙目で首を横に振った。
「っけ・・・ほ。
 こほ・・・だ・・・大丈夫です」
「秀麗?」
「もう。大丈夫です。
 ありがとうございます」
真っ赤な顔で見上げる秀麗に絳攸はほっと息をつく。
「なら、いいが」
ぶっきらぼうな言葉でも秀麗を支える腕は優しくて。
秀麗は鮮やかに微笑んだ。
「銀杏、埋めましょう」
「・・・埋める?」
「はい!
 絳攸様は銀杏をどのように料理するのがお好きですか?
腕によりをかけて作っちゃいます」
絳攸様の為に、とは言わないで。
「・・・・ちょっと待て。
 埋める?」
「そうです。
 銀杏の実は埋めて果肉が土に解けた頃、殻を掘り起こすんです。
 それを乾燥させて殻を割った中身を食べるんですよ」
「そう・・・なのか?」
「ええ。
 こっちの分野は任せて下さい」
腕まくりして秀麗は答えた。
生活の知恵である。
「それで、絳攸様!
 何を作りましょう?
 野菜と炒めて餡をからめます?
 お饅頭にいれます?
 素揚げをして塩をふるだけでも美味しいですよね」
うきうきと目を輝かせる秀麗に絳攸は目元を緩ませる。
「なんでも。
 秀麗が作るものなら、全て旨いからな」
秀麗の顔にパッと朱がさした。
誉められた事に嬉しさを。
絳攸と会える約束に安堵する。
絳攸は秀麗から顔をそむけるとイチョウを振り仰ぐ。
どんなに互いを欲しても決して届かぬ距離。
それでも、実をなして主張しているように見える。
幸せだ、と。

抱える想いは静かに根を張る。




2007/12/07

・・・絳攸様。別人です。
でも、この方は無意識に恥ずかしい事をやってしまいそうで。
あ。『銀杏の取り扱い』はウロオボエです。違っていたらすみません。
同じネタ『雌雄異株』で逆裁も書く予定だったり。