1・絳攸と秀麗 

それは鏡として“不完全な場”だった。
専門外の人間ですら呆れるほどに。


絳攸は回廊を歩いていた。
建物は皆同じ様式に則って造られ、装飾は色まで統一されている。
等間隔の支柱は眩暈がするようだった。
(らちがあかない・・・)
回廊沿いではなく庭院から目的地に行こうと決めた絳攸は奥から来る人物に目を留めた。
秀麗だった。
絳攸はそっと衣のあわせに手をやる。
指先が硬いものに触れた。
「しゅ・・・」
絳攸は名を呼ぼうとして言を飲み込む。
秀麗が無表情のまま軽く目を細めたのだ。
そして衣擦れの音を立て膝を床につける。
上官に対する完璧な跪拝。
叩頭され表情は伺えなかった。
が、醸し出す雰囲気は怒気か殺気か・・・・・。
絳攸は苦笑して静かに声を掛けた。
「かまわん。
 行くといい」
政治の中枢。中央省庁。彩雲国の最高機関が揃う蒼明宮。
その回廊であればこそ誰が見ているとも知れない。
でも、ここは非常に寒かった。
こんなところで“今の彼女”を跪拝させたままにはしておきたくない。
数拍。
秀麗は頑なにも面を上げなかった。
絳攸は溜息をつく。
そして、歩き出した。
絳攸の背で秀麗が動く気配はない。
絳攸の姿が見えなくなるまで彼女は跪拝し続けるつもりだろう。
ならば。
絳攸は足早に立ち去るだけだった。
胸が、痛む。
秀麗の跪拝の裏の完璧な拒絶。
絳攸は佩玉を下げている組紐をそっと撫でた。
約一年前。
昨年の春の除目。
年中行事の一斉人事異動以後、彼女は笑わなくなった。




・すみません。
 ちょっと?続く予定です。(20080113)