【岐路】


都内の隙間に作られた、こじんまりとした公園。
御剣は公園のベンチに座って足を組む。
園内の数本のイチョウはどれも黄色に燃え上がっていた。
足元のイチョウの葉を眺める。
葉の先はひらひらと婦女子のスカートを思わせた。
とたん、御剣の眉間に皺がよる。
「臭い」
開口一番そう罵った。
「あー。
 ごめん。その辺で踏んじゃってさ」
へらりと笑って男が御剣に近づく。
成歩堂は疲れたようにドカリとベンチに沈んだ。
御剣は迷惑そうに目を細める。
「その辺で?」
「そ。
 銀杏。気づいた時にはヌチャリって」
ガシガシと靴裏を地面でこすって砂煙が立つ。
御剣は溜息をついて額に手を当てた。
「やめたまえ。
 服が汚れる」
子供のような事をするな、御剣の眉間の皺が益々深くなる。
「えー」
「えー、じゃない。
 こんな話をする為に私を呼び出したのか?」
御剣が最後に成歩堂に会ったのは、彼の胸に弁護士バッチがある頃だった。
「迷惑だった?」
成歩堂の目が嫌みったらしく光る。
御剣は空を見上げた。
「そう思ったら、こなかった。
 “彼女”は何て言っていた?
 御剣検事に迷惑だから謝りなさいね、とでも?」
顔は空に向けたまま御剣は視線をちらりと落とす。
ぎょっと目を剥く成歩堂の顔を見てフンと笑った。
御剣が適当に立てた予想は見事に当たったらしい。
「・・・御剣」
「お前の身辺がざわついていただろう。
 だからか?
 今年の墓参りがこんな時期になったのは」
そう、確かに。
逆転裁判請負人の異名を取る成歩堂弁護士の不正が発覚、資格剥奪。
マスコミは囃し立て法曹界は異例の大型ハリケーンに遭遇した。
それは成歩堂弁護士と数々の対戦をした、仇敵と噂される御剣検事にも及び・・・。
御剣は検事局の玄関に群がる烏合の衆を見て、馬鹿がと呟いたものだった。
成歩堂は足元のイチョウの葉を蹴り上げる。
「何で分かった?」
成歩堂は墓参りに行った事を一言も御剣には言わなかった。
御剣は優雅に両手を返すジェスチャーをする。
呆れ果てた、と法廷でよくやられた素振りに成歩堂は懐かしさを覚えた。
あの舞台には、もう立てない。
成歩堂はしみじみと思う。
俯いた成歩堂を御剣は細かく観察する。
虚勢を張っているように見えても、吹っ切れてはいない・・・か。
「嘘を・・・つくからだ」
御剣はぼそりと言った。
「嘘?」
「ああ。
 お前が嘘をつく時や隠し事をする時は、決まって彼女関連だからな」
検事は被告人の嘘を見抜く事、弁護士は依頼人を信じる事が商売。
御剣はフフフと笑った。
その瞳はことのほか優しい。
「誰に喧嘩を売っているんだ?」
成歩堂は見惚れてしまいそうな御剣の微笑に呆気にとられた。
「喧嘩って・・・嘘って。
 どこがだよ!」
「成歩堂。
 この辺では銀杏は踏めないが」
「・・・・え?」
「都内にはイチョウの木が沢山植えられているがな。
 基本的に雄の木だけ、とか、雌の木だけというように雌雄を揃えて植えられているのだよ」
「・・・どういうこと?」
「イチョウの木は“雌雄異株”。
 銀杏ができるには、雄株と雌株を近くに植える必要がある。
 だが、銀杏が出来ると美観や異臭で苦情が出るだろう?」
成歩堂は、あっという表情になる。
「だから、嘘か」
成歩堂はカリカリとこめかみを掻いた。
「そうだ。
 少なくとも、“この辺”では銀杏は踏めない。
 だが倉院の里なら都内のようにイチョウが整備されている必要はないだろう。
 あそこ以外にお前が“銀杏を踏める場所”に行くとも思えんしな」
御剣は足元の落ち葉を拾う。
「因みに、これは雌の木の葉」
くるりと御剣はイチョウの葉を回転させる。
成歩堂は参ったなと溜息をついた。
「・・・・千尋さんには、取り合えず報告だけしたよ。
 現状のね」
「フム」
「何ていうか・・・怒るというより呆れて物が言えないっていう雰囲気が漂ってた」
「ウム」
「いつもより、ひんやりしてて・・・・怖かったかな」
「それで?」
「もう一度、弁護士資格を取るかどうかは分からない」
「・・・・」
「でも、僕を嵌めた人間は割り出すつもりでいる。
 何年かかっても」
成歩堂の瞳には強い意志が宿っていた。
御剣は、口角を上げた。
そこに怜悧な美顔はなく。
「好きにしろ」
「御剣?」
「私も、好きにする」
え?と成歩堂は目を見開いた。
御剣はベンチから立ち上がる。
「お前と法廷で闘えないのなら、上に行く」
「・・・・」
「法曹界の裏。闇の底。権力を掴みに上に行く」
「お前・・・・」
「何年かして法曹界に関わる事を決めたなら、連絡をよこせ。
 それまでに、何かしらの力はつけておく」
成歩堂の偽証を知った時。
資格剥奪に陥った時。
御剣は何もする事が出来なかった。
検事だから生業が違う、理由にはならない。
あの時、御剣は言ったものだった。
“そんな事をする男ではない”
御剣の言葉に意味はなく、成歩堂の輝かしい栄光は地に落ちた。
自分に力があったなら。
御剣は拳を握り締めた。
「成歩堂。
 私はそろそろ行くが、他に言っておきたい事はあるかね?」
御剣はイチョウを踏みしめる。
黄色の絨毯に彼の紅いスーツは良く映えた。
「いいや。十分。
 ちゃんとお前に宣誓できた。
 踏ん切りつかない事も多いけどさ。
 改めて、身を引き締めたから。
 もう大丈夫」
御剣は成歩堂を見つめて、一度目を閉じた。
目の裏にしっかりと焼き付ける。
彼の強固な意志を宿した瞳。
次に会えるのは、いつになるか分からない。
まして御剣の選んだ道は、踏み外せばひっそりと始末される可能性もあった。
御剣は目を開く。
成歩堂は眩しそうに御剣を見上げた。
親友ではなく、天才検事がそこにいた。
御剣は踵を返す。
成歩堂もベンチから立ち上がった。
「ではな」
「じゃあね」
二人は背中越しに声をかけると、それぞれ違う出口に向かう。
二人共に穏やかな微笑を浮かべていた。


                   了
               2008年01月02日

時期的には、成歩堂が資格剥奪の年の十二月。
作成日は一月なのに・・・・突っ込まないでやって下さい。
なんで十二月か?
都内の紅葉は十二月の初旬〜中旬にかけてだからです。
イチョウの“雌雄異株”をネタで話が書きたかったんです。
彩雲国物語の方にも【イチョウ】があります。
テイストが、かなり違いますが良かったらどうぞ。