狼狽する秀麗に目もくれずに絳攸は秀麗の両手をそっと開かせた。秀麗の手のひらは綺麗なままだった。爪の跡すら残っていない。
(・・・確か、あの時は)
絳攸はほっと息を吐く。
満開の桜の下で、秀麗は庭院の話を主上に語った。握り締めた拳を血に染めて。
あの時、拳を開かせたのは静蘭だったけれども。
季節は移ろい秀麗の周りには人が集まった。彼女も庭院もあの時のままではない。刻とともに人も心も前に進む。
「秀麗。この庭院の木々は立ち枯れている訳ではない。専門外だからいい加減な事しか言えないがな。力を溜めているように俺は思う。いつか咲き誇るさ。
それに紅葉は近くで見るより、少し離れて見るほうが綺麗だ」
秀麗は目を見開いた。
慰める事。元気づける事。彼はとても不器用なのに。
秀麗は、はい、と頷いた。
そして絳攸の手を力強く握り返した。
「・・・し、秀麗?」
「絳攸様。中に入りましょう。お茶を淹れます」
秀麗はそう言うと絳攸の手をひっぱって立たせる。
「お・・おいっ
 秀麗、手・・・手をっ」
「もう少しこのままで。
こんな冷たい手になるまで、紅葉を見ながらまったりしちゃ駄目です。風邪引きます」
絳攸の冷えた指先をしっかり握った秀麗はずんずん歩いていく。絳攸は躓かないよう気をつけながら辺りをうかがった。武官ではない絳攸ですら感じ取れるほどの冷気。
(まぁ、いいか。取り繕っても今更だ)
今慌てて手を離しても、絶対零度の嫌味と殺人的な仕事が身に降りかかるには違いない。
それなら、もう少しこのままで。
指先からじんわり暖かい熱。歩き疲れた身体にも染み渡るようで絳攸は本当に束の間の温もりを噛みしめた。



20071111

なんだ。やっぱりそうだったんじゃないか、という話が書きたかったんです。


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