2・絳攸とリオウ


宮城の庭院は所々雪が残っていた。
太陽の日差しも強く絳攸が思っていたほど寒くはない。
ぬかるみに気をつけながら絳攸は仙洞宮の周りを歩いていた。
仙洞宮の高楼は宮城の中でも一番の高さを誇る。
少々(?)遠回りをしているかもしれないが、到着地点が視界に映っていれば何とかなるものだ、と絳攸はほっと息をついた。
ちょうど仙洞宮裏の禁池の付近で絳攸は足を止める。
目の前には二人の人物。
絳攸の顔が思わず仏頂面に変わった。
「おい、リオウ。
 何のまねだ」
声は幾分低かった。
リオウの眉が跳ね上がる。
「呼び捨てにするなよ。
 俺の方が位は高かったよな」
「まともな仕事をしていれば上官の礼くらいとってやる。
 仙洞省長官が、何のマネだ」
絳攸は目の前にあるモノを指差した。
地面に小枝でほられたと思しき丸い陣。
中央には拳くらいの石ころ。
そして、禁色・紫色の衣を土に汚した人物。
「いいじゃないか、好きにさせてやれば」
絳攸はこめかみがびしっと鳴る音を聞いた。
「殿下!
 何やってるんですっ」
リオウと共にいた人物はビクリと身体を震わせた。
手に握っていた枝を慌てて背中に隠す。
「こ・・絳攸。
 いや、あの。その・・・・余はな・・・・」
絳攸はモゴモゴと口ごもる彼を一瞥した。
リオウを見る。
「過去を見る鏡だ」
絳攸はすぐさま縮こまっている至高の存在を見た。
「う。いいではないか。
 父上と母上の馴れ初めが知りたかったのだ
 リオウを怒るな、絳攸」
リオウは呆れたように肩を竦めた。
絳攸の怒声を抑えた声が響く。
「自分は関係ないって顔だな、リオウ」
「やらせてみないと気が済まなそうだったからな」
絳攸は溜息をつく。
確かに、そうかもしれない。
彼は非常に諦めの悪い性格だった。
今も肩身を狭くしてチラリチラリと絳攸を見上げている。
「で?」
そっと絳攸は囁く。
リオウも同じ素振りで答えた。
「心配ない。
 始めから終わりまで全てデタラメだからな」
「なら、いいが・・・」
リオウは苦笑する。
場を形成するのに円陣など必要ない。
結界を形成する貴石は石ころでは代用にはならない。
そして異能を持つ術者もいない。
これで何が起きるというのか。
その時、突風が吹いた。
木々が一斉にざわめく。
禁池の水すら波立って水しぶきが地面の円陣に降りかかった。
直後。
空気が歪んだ、ように絳攸は見えた。
次いで強烈な圧迫感。
(なに・・・?)
絳攸の目に紫色の衣が鮮やかに映る。
咄嗟に絳攸は駆けていた。
頭で考えた事ではない。
武術に造詣がない絳攸にしては、ありえない行動だった。
圧迫感が増す。耳鳴りもしていた。
絳攸はただただ紫色に突進する。
(いけない)
何が?なんて分からない。
警笛だけが絳攸を支配していた。
紫衣を掴む。
「リオウっ」
絳攸は彼を力任せに引き投げた。
リオウの元へ転がる彼を確かめて、束の間、安堵する。
空気の歪みがふっと大きくなった。
あっと思う間もなかった。
絳攸の身体は、空気に溶けていた。


絳攸が最後に感じたのは閉鎖。
身体、思考、精神・・・・絳攸を司る全てが強制的に閉鎖されていく。
そこには痛みすら、なかった。



・トンでもない事を始めた自覚だけはあります。(20080113)

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