4・絳攸と世界


絳攸は府庫に足を踏み入れた。
古い本の匂いが襲いかかってくる。
思わずぴたりと足を止めた。
府庫の雰囲気がおかしい。
(何か違う。でも知っている)
暫く考えて絳攸は苦笑した。
府庫の本棚の配列が違うのだ。
5、6年前になるだろうか。府庫の蔵書が増えすぎて棚の数と配列を変更したのは。
絳攸は自分の記憶に命じる。思いだせ思い出せ、と。
今現在は10年前。自分が歩んできた途。
受け入れがたい事実だが、現実なのだ。
この現実に対して絳攸の恐慌状態脱出は早かった。
悩み尽きてしまえば切替えの早さはピカイチ、そう百合に呆れられる絳攸である。
今回に関しては“悩み尽きる”というより、“どうしようもない”という比率が高すぎた。
そして何より絳攸は“彼を”識っていたのだから。
「どうなさいました?
 絳攸殿」
柔らかい・・・変わらない声に絳攸ははっと顔を上げる。
何時如何なる時でも癒しを与えてくれる存在に絳攸は振り返った。
目に飛び込んできたのは府庫の主、邵可の優しい笑顔。
思わず絳攸は瞠目する。
目頭が熱くなった。
喜びではなく哀しみに。
絳攸は己の認識の甘さを噛み締める。
理不尽極まりない現実を受け入れたと思っていた。
思っていただけだった。
邵可を見た瞬間に絳攸は叩きのめされたのだ。
自分が置かれた世界というものを。
邵可の穏やかな雰囲気に絳攸は泣き言を言ってしまいたくなる。
(言えたら・・・良かったのに・・・・)
一度、目を伏せて込み上げてくる熱をどうにかしてやり過ごした。
愚痴は・・・こぼせそうにない。
絳攸は、己に言い聞かせ自嘲気味に笑った。

―――邵可は若かった。

今朝方、絳攸が御会いした邵可は髪に白さが混じり目尻には皺が・・・。
10年という年月。
見た目の問題なら絳攸は然程変わらないだろう。
成長は止まっていたし老いが忍びよるほどの年でもない。
だが、邵可は・・・。
絳攸は表情を隠すようにこめかみをトントンと叩いた。
一人なのだ、と。
この世界には自分と共に歩んだ仲間はいない。
見守ってくれた人も。
途を違えた人も。
思いを寄せた人もいないのだ。
存在するのは、10年前の“絳攸”と彼を取り巻く人達のみ。
尊敬して止まない邵可が目の前にいるというのに絳攸は孤独を感じていた。
改めて絳攸は邵可に向き直る。
「・・・・邵可様。
 お話をさせて下さいませんか」
鉄壁の理性といわれる仮面をつけて絳攸は静かに言った。



・ラブ〜は何処へ行ったのだろうと心配中です。
 これでは絳攸放浪記になってしまいます・・・・。


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