10・交差 静蘭は扉を開けた。 室の中の人物を確認して廊下を振り返る。 なかへどうぞ、と廊下の二人を促した。 楸瑛が足を踏み入れて・・ビクリと立ち竦む。 はっと目を見開いて。 「な・・・」 慌てて後ろの絳攸を振り返り、再度、室の中の人物に振り返る。 絳攸も件の人物が視界に入っていた。 口を半開きのまま、ぽけっと眺める。 「・・・・絳攸・・・?」 楸瑛は細かく二人を見比べた。 どちらも、絳攸にしか見えない。 「馬鹿っ面並べにきたな」 コウがゆっくりと口を開いた。 絳攸と同じ声が響く。 椅子に泰然と座り値踏みをするかのような目で。 ふっと静蘭が顔を上げる。 「貴方は、まさか」 コウの口元がやりと歪む。 「会いに行くより、来て貰った方が早そうだったからな。 一刻でも迷っている時間はおしい」 静蘭の顔から表情が抜け落ちる。 能面のような顔で静蘭は言った。 「・・・ワザと挑発を・・・。 私を嵌めた・・・と?」 真実を暴いてやると起こした静蘭の行動は、コウの手の中で泳がされていたに過ぎなかったのだ。 「ワザとじゃなく挑発する理由があるなら教えてもらいたいが。 手際が早い。流石だな」 誉め言葉、ではなかった。 静蘭は拳を握り締める。 「・・・コウ様。貴方は、一体何者なんです。 その顔で、声で」 屈辱だった。 知らず知らずのうちに誰かの意のままに動いていた事。 お前は誰なんだ、と尋ねなければいけない事。 (この・・・私がっ) 静蘭は奥歯を噛み締める。ぎりぎりと歯軋りが聞こえてきそうだった。 人の考えを読み、己の考えを読ませない。 教えてもらうのではなく、言わざるをえないように仕向ける。 その術を静蘭は身に着けていた。 玉座に一番近いと詠われた完璧主義者。 それが静蘭・・・・清苑公子だったのだから。 コウは呆れたように肩を竦めた。 ついっと絳攸を視線で捉える。 「何者に見える?絳攸」 絳攸はコウを睨みつけていた。 言い様のない圧迫感。それに伴う体調の急激な変化。 それらは目前の男から発せられている。 確信だった。 「・・・・な・・・な・・・・なな」 絳攸の身体がわなわなと震えた。声が言葉にならない。 頭の中は真っ白だった。 空気が薄いのではないか、という錯覚に陥りそうになる。 苦しかった。 とても。 生き写しというより、鏡をみているような男をただ睨みつけるしか絳攸は出来なかった。 コウは片目を微かに細める。 「そろそろ、体力の限界か」 静蘭と楸瑛はハッと絳攸を見た。 既に絳攸の身体は傾いでいた。 噛み付かんばかりの視線だけコウに向けて。 楸瑛は咄嗟に腕を伸ばしていた。 絳攸は楸瑛の腕の中に崩れ落ちる。 「静蘭、医者を・・」 「必要ない」 楸瑛の言葉をコウが遮った。 楸瑛がコウを睨む。 「必要ない。 厠に行って少し吐かせて、横にして一刻。 それで落ち着く」 「貴方は医者ではないだろう?」 楸瑛の言葉にコウは首を振った。 「医者ではないが知っている。 絳攸の事なら、なんでもな」 楸瑛は静蘭と目を合わせた。 コウの言葉を信じていいのか二人とも迷っていた。 その時、絳攸がひくりと痙攣をした。 コウが二人に行動を促す。 「大丈夫だ。 厠に連れて行け。 経験者が言うんだからな」 静蘭がぴくりと反応した。 「経験者?」 「そうだ。 十年前に」 静蘭と楸瑛の目が見開かれる。 彼は今、ナント言った? コウはふっと笑う。 「・・・流石に、そろそろ行かないと余計な掃除をするハメになるぞ」 楸瑛はさっと絳攸の様子を見て静蘭に怒鳴った。 「静蘭!」 「連れて行って差し上げて下さい。 私は床を用意しますので」 楸瑛は絳攸を担いで室を出る。 静蘭も後を追うように室を退出した。 室を出る瞬間、二人はちらりとコウを見た。 泰然と椅子に座ったままの男は二人の視線を何も言わずに受け止めていた。 ・絳攸とコウ。 特に成長期でも老化時期でもないんですよね。 20代半ばと30代半ばって。 なので顔の変化はそれ程ないだろうと思ってます。 ただ、経験値や雰囲気は段違いでしょうが。(20080411) |
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