「秀麗・・・
 未来だ」
ぽつりとコウは言った。
「未来だ、秀麗。
 俺はこの世界の未来の一部」
コウはあえて自分を物のように言う。
「・・・・」
「秀麗、怪我は?」
「・・・沁みる」
何に沁みるというにか。
コウは眉を寄せる。
その時、秀麗の赤い指先が目に入った。
涙の跡が残るアカギレた指先。
コウは秀麗の指先を見つめて、目を閉じる。
10年先の彼女。
コウの覚えている限り、未来の秀麗の指先はこんなに腫れてはいなかった。

――この、違い。

「そうか。
 沁みる、か。
 良かった。
 痛みが戻ったな」
秀麗は食い入るようにコウを見つめる。
茶州に行く前。
彼が言った言葉は。
「どうしてその事を・・・」
秀麗の頭にコウが言った“未来”という言葉が警笛を鳴らす。
未来とは、どういう事なのか。
「“絳攸”では言えなかった」
コウは思いだす。
彼女に言いたくて、言えなくて。
そのうち言葉自体を忘れていた。
茶州へ赴く秀麗に送った言葉。
茶州から帰った秀麗に言いたかった言葉。
彼女は冗官で。
主上と相談の上での結果とはいえ心苦しかった。
情勢を鑑みて、とか。
彼女をよく思わない一派への鎮静剤代わり、とか。
そんなもやもやした気持ちのまま、彼女は冗官の首切りを受けるはめになり。
言葉はどんどん記憶の底に沈んでいった。
「“絳攸”では言えなかったが、今の俺なら言える。
 ゆっくり、休んで欲しい」
ほんの束の間の休息とコウは知っているが。
秀麗の頬に幾筋も涙が伝う。
パタパタと流れだしたら止まらない。
コウの言葉は秀麗が絳攸に期待して諦めた言葉だった。
冗官に落ちた秀麗では簡単に会って話せる地位の人ではなかった。
吏部侍郎という大官の肩書きを持つ彼は。
そして。
自分にも他人にも厳しい人は、労わりの言葉より、這い上がってこい、と言う人だった。
だから、諦めた言葉だったのに。
秀麗はふっと息を詰める。
「どうして!」
声を荒げた。
掠れた声だった。
「どうして!
 その顔で声で、その言葉を言うんです!未来って何なのっ!
 どうして・・・・」
秀麗はぎゅっとコウの左袖を掴んだ。
「どうして手がないんですか・・・・」
ひっく・・ひっく・・と秀麗はしゃくりあげる。
コウは静かに目を伏せた。
口を真一文字に引き結ぶ。
秀麗はコウの目を見て・・・。
強固な意志がある事に気づいた。
秀麗が忘れたくても忘れられない強い決意を秘めた瞳。
「コウ殿。
 秀麗」
コウと秀麗はびくっと身体を揺らした。
割って入った聞き覚えのある声。
二人は揃って扉を見る。
神妙な顔で声の主は立っていた。
「父さま」
「邵可様」
気配はなかった。
いつからいたのだろう、とコウは少し怖く思う。
邵可は秀麗とコウを順繰りに見比べて静かに言った。
「なんだか床がスゴイ事になっているね。
 怪我は?・・・・それなら、秀麗片づけを。
 コウ殿。
 少し庭院にでませんか?」
にこやかな表情で邵可は言った。



 

・涙雨7と対になっています。
 後半戦突入(・・・やっと)です。
 急遽書き直した、いや、単にウメがうまくないせい・・・で、まとまりが良くないですね。
 文章自体がクドイ気がします。
 勉強しない、と。(涙)
 
             20080419

→彩雲国SStop →TOP