「あぁ。
 そうだ。
 先ほど絳攸と会いました」
邵可は軽く頷く。
邸がばたばたしているのを邵可は勿論知っていた。
「そのようですね」
「“絳攸”とあって確信した事があります。
 私は偽者なんですよ」
「・・・何を言い出すのです・・」
コウは微苦笑を浮かべたままだった。
「“絳攸”という人間が二人なんてありえないでしょう。
 どちらが本物かと問えば“この世界において”今頃楸瑛に看病されている絳攸が本物です。
 そう思われませんか?
 それなら帰る術のない私は“この世界”の不穏物資だと」
「絳攸殿!」
邵可は声を荒げた。
「“不穏物資”と呼ばれるものは古今東西“抹消”されるもの」
「・・・・だから、取引したのですか」
夕暮れの宮城の府庫で。

――場合により、コウを殺す事を。

「・・・・まさか。
 そこまで考えていません。
 あの時は“帰れる”つもりでしたから。
 私は“黒狼が誰か知っている”という情報を提示する事で、“黒狼の知識”を得ようとしました。
 邵可様には『そんな事に命をかけるな』と言われましたが。
 それとともに、私が十年未来から来た人間だ、と真実理解して頂きたかった。
 “今の絳攸”は知らなくて“十年後の絳攸”なら知っている事をお話すれば、邵可様は信じて下さると思ったからです。
 それ以上に込めた意味などありません」
邵可は悲しそうに笑うと首を振った。
「絳攸殿。
 貴方はこの二本の木の未来を教えて下さらなかった」
邵可はちらりと桜と李木を見る。
「未来を知りたいと願う者に、どんな些細な情報でも与えないつもりでいるのでしょう。
 どんな些細な情報でも、災いと転じる可能性がある。
 絳攸殿が守りたいと思う未来に」
「・・・・」
「未来を口にする事がないように、できないように。
 これが絳攸殿の本当の取引だった。
 違いますか?」
その通りだった。
コウが取引に込めた本当の思惑。
邵可は全てを暴きだした。
「・・・・申し訳ありません」
絳攸は、そうとしか言いようがなかった。
邵可は再度首を振る。
「謝るには及びません。
 絳攸殿は、私の思惑にも気づいている」
「・・・・」
コウは、ああと頷いた。
コウが『“十年未来”から来ました』と言った直後の邵可の様子を思い出す。
「それが何だというのです?
 私の言葉から真贋を読み取り、そこから波状する事柄に思考を巡らされていた。
 特に“人”に利用される価値の程を」
夕暮れの紅光の中で二人は腹に一物も二物も抱えて対面していたのだ。
でも、とコウは微笑む。
穏やかな表情で一度目を閉じた。
「私という不穏物資は“人”に消される前に“この世界”に消されそうです」
そう言ってコウは左袖を捲り上げる。
“この世界の絳攸”と出合いもたらされたもの。
変化は確実に進行していた。
左の上腕半分。
綺麗に。さっぱりと。
邵可ははっと息を飲む。
あまり動じない邵可にしては珍しい事だった。
「・・・・こう・・・ゆう殿」
「腕の先は未来に繋がっているのか、他の世界に弾き出されるのか、単に抹消されるのか。
 こればっかりは私も分かりません。
 それなら。
 希望を持つより現実を受け止めようと思います」
「・・・・」
「此処に辿り着いてしまった私が此処で潰えるのなら」
コウはしっかりと邵可を見据えた。
「私が私に出来る事をするまで」

 


・涙雨345にバリバリ伏線だけは張ってありました。
 張った伏線を使えたのはいいとして、使い方が下手だなぁと落ち込み中です。
 
 さて。アップをお願いしているサイさんのパソコンの調子が少し悪いとの事。
 場合によりアップが出来ない場合にはブログでお知らせします。
 もしかしたら、ブログで涙雨の続きを仮置きするかもしれません。
                         20080425
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