「こちらです」 静蘭は庭院に出られる回廊で立ち止まり振り返った。 ここなら、いくら絳攸でも迷うまい。 案内されたコウは一つ息をつく。 だいぶ身体が軽い気がしていた。 「すまない。 あぁ、そうだ。 静蘭手を出して貰えないか」 静蘭は訝しげに眉をひそめたが、言われたままにする。 コウは静蘭の掌にコトンと赤い石を落とす。 「これは・・・紅玉ですか。 大きいのに傷一つない」 硝子玉に見えてしまいそうな石を静蘭は正確に判別した。 「持ち合わせがなくて。 食材を買う暇もなかったし。 金で払うにも、俺が持っているのは“流通されていない”貨幣だからな」 静蘭はふっと笑った。 コウの言葉の意味を正確に読み取る。 そしてニコリ、と笑った。 静蘭の“手ぶらで邵可邸の門はくぐれない”教育は時を経ても骨の髄まで染み込まれているらしい。 「分かりました。 有難く頂戴いたしましょう。 ・・・お嬢様には御会いしなくても」 静蘭は答えを知っていたが聞いてみた。 案の定、コウはただ、こくりと頷くだけだった。 その時。 ぱさり、と音がしてコウの左肩が・・・・いや左肩にあたる衣が落ちて胸の辺りにわだかまる。 静蘭の目の前にいる男は確実に消えようとしていた。 静蘭は何も言わずに目を細める。 こんな事を可能にする力があるとしたら。 静蘭が思い浮かべる一族。 自分を公子から追放した、おぞましい奇跡の力を持つ奴ら。 もしそうだとしたら。 力の安定性と不安定さの両面を静蘭は知っている。 (尋ねてみないのは、そのせいか・・・?) 帰るのですね、と。 帰れるのですか?とも。 「・・・・静蘭」 視線を庭院に向けたままコウはぽつりと言った。 言おうか言うまいか迷っている様子だった。 「・・・なんでしょう?」 「・・・あの馬鹿二人を頼んでいいか? 石頭どもの尻を蹴れるのは静蘭ぐらいだからな」 「いやです」 即答だった。 静蘭はフンっと鼻まで鳴らしてみせた。 コウは微苦笑する。 何かを思い出すように。 「静蘭 ・・・主上のために」 静蘭は少し長い前髪の奥から射るような視線を送る。 「知りません。 自分で好きな未来をとりますよ」 コウは目を丸くして静蘭を見た。 まさか、逆手にとられるとは。 静蘭のささやかな反撃だった。 「ではな。 世話になった」 そういうとコウは庭院に踏み入った。 目的の場所は目前。 視界の内だった。 ・涙雨13を書き終えた頃に新刊“琥珀”が発売になりました。 “琥珀”の内容からだとイロイロ無理がある場所があります。 少し手直しはしましたが。 ・・・・・フーンぐらいで流して貰えると有難いです。 それと。 官位について触れた場所があります。 原作の中から読み取って判断したのですが・・・・こちらも、そうだっけ?と思われても軽くスルーして頂けると。 きっちり中国の官位について調べた訳ではないので、パラレルと割り切って下さいね。 20080503 |
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