絳攸は鮮烈な佳人を追いかけて朝廷に入ったものだった。そんな自分を慕い追いかける者がいるという事。
(いつのまに俺は俺一人ではなくなったのだろう)
それは見なかっただけかもしれない。
絳攸の目はずっと唯一人を見続けていたから。同輩で既に腐れ縁となっている楸瑛ですら、絳攸は一線を隔て、後ろめたい気持ちで付き合っていた。楸瑛は何度となく『李絳攸』自身に手を差し伸べていてくれたというのに。
全ては、紅家も藍家も王家ですら忌み嫌う絶対者の為に。
太陽のように鮮烈で月のように冷たく未来を見通す横顔が綺麗な人。
だが、それも今。
(俺は劉輝陛下を選んだ)
悩まなかった訳ではない。散々悩んで選んだのだ。黎深様のお傍に、を常とする絳攸にしてみれば裏切ったも同然で。
命令ではなく自分の意思で主上の傍に仕える旨を黎深に伝えた時、彼は一言『そうか』と言っただけだった。感情すら抜け落ちた顔で。翌日から黎深は出仕をしなくなった。百合さんも戻ってきた。彼女は紅家を出る事なく黎深の傍にいる。
納得ずくで主上と共にある事を選んだのに、心が痛む。
そして。
動揺著しい絳攸に楸瑛は言ったのだ。文官の政治手腕顔負けの絶妙な駆け引きで。
主上につくと決めたからには問う、と。
君は主上の元で一体何をするのかな
花菖蒲の―絶対なる忠誠の剣を撫でながら楸瑛は無言で問うた。
秀麗が茶州にいた頃の話を引き合いにだして。

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