5・絳攸と邵可


冬の日暮れは早い。
窓から差し込む日差しは朱に変わっていた。
夕焼けが目にしみて絳攸は目を細める。
それに対して邵可はピクリとも動かなかった。
目を半眼伏せて。
口を真一文字に引き結んで邵可は沈黙を落とす。
絳攸はひたすら邵可からの言葉を待っていた。


『10年未来から、来ました』
絳攸の第一声。
邵可は始めこそ口をあんぐり開けたものだった。
が、絳攸の話が進むにつれ邵可の雰囲気は重くなっていく。
話終えた時、邵可の醸し出す気配は刃物に似ていた。
傍に寄るもの全てを切り刻む。
10年前の“絳攸”なら目を疑っただろう。
しかし、今の絳攸は苦虫を噛み締める程度で受け流せる。
恐いとは思っても。


日が沈む。
地上を最後に照らすのは紅光。
人を一瞬のうちに狂気へと突き落とす惑いの色。
邵可という凄腕の政治家が何を考えているのか・・・・。
絳攸は邵可からの言葉を待っている。
馬鹿馬鹿しいと一蹴されるか、腕の良い医者を紹介されるか、冗談をと笑われるか、はたまた。

未来を知る者として利用されるのか。

邵可はゆっくりと口を開いた。
「・・・・府庫が入用なのですね」
口調はしっかりしていた。
絳攸は目を見張る。
邵可の言葉は絳攸の予想の隙間をついた。
邵可は絳攸の言葉を信じた上で力になるというのだ。
――未来に帰る手段として府庫という情報を提供する。
と。
絳攸は微苦笑した。
「私の言葉を疑いにならないのですか?」
「貴方は嘘をつくような人でも、嘘をつける人でもないはずです。
 私は“李絳攸”という人を知っている。
 たった10年では人の性根は変わりませんよ。
 経験という人の厚みが増す事はあっても」
邵可はにっこりと笑う。
(・・・私の気配に呑まれない)
邵可はやみくもに絳攸の言葉を信じた訳ではなかった。
邵可が知る“絳攸殿”では邵可の気配を受け流す事は不可能。
ならば“絳攸殿”と同じ姿形をした目の前の人物は誰なのだろう、と。
「・・・・邵可様」
「良い上司の下で励まれたのですね」
それは偽りのない邵可の本音。
「ありがとう・・・ございます」
絳攸は頭を下げた。
顔を見られないように。
こみ上げてくる熱に顔が歪んでいた。
(察して下さるとは・・・)
この世界で絳攸は間違いなく唯一。
その自分に邵可は労わりの言葉をくれる。
絳攸は溢れそうになる感情を必死でとどめた。
慰めて貰う為に絳攸は邵可を訪ねたのではない。
邵可が敏腕政治家であるように、絳攸もまた政治家の一人。
絳攸の心鼓が早鐘のように打ち響いていた。
(貴方の優しさに答えられなくて、すみません・・・)
頭を下げたままで絳攸は口を開く。
「府庫が必要ではありません。
 正確には、邵可様。
 貴方が必要なのです」
「わたし、ですか?
 絳攸殿。
 勿論私で出来る事なら何でも。
 どうぞ面を上げて下さい」
「いいえ。
 邵可様。
 私は頭を下げているのではありません。
 首を差し出しているのです。
 貴方の協力を得る為に」

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