「秀麗・・・っ」
その時コウの身体がズンッと沈んだ。
はずみでコウの衣の袷から何かが飛び出す。
秀麗はコウの状態に一瞬息を飲んだ。
かぶりを振って、秀麗は何もなかったように手を伸ばす。
コウが落とした物を拾い上げた。
佩玉だった。
佩帯する組紐がくるくると巻き付いている。
佩玉と組紐についた土埃を指先で掃って・・・・秀麗はずしんと心臓が重くなった。
「秀麗・・・
 それは」
「これを下さい」
コウはギョッと目を剥き、慌てて右手を差し出す。
「だ・・だだ駄目に決まっているだろうっ」
秀麗は軽く無視した。
「私、今、怒ってますから。
 絳攸様の言う事は聞きません」
それならば何故了解をとったのか。
「・・・・それをどうするつもりだ?」
「形見にします」
即答だった。
コウが息を飲む隙に言葉を続ける。
「絳攸様こそ。
 死ぬつもりの目で・・・・物に執着しなくてもいいでしょう」
コウはぽかんと口を開けて秀麗の目を見る。
うっすらと濡れた目の淵。悲しみと怒りをごちゃ混ぜにしたような目なのに、強くコウを絡めとる。

―――。

(・・・いやいやいや、駄目だろう。何をほだされてるんだ俺は)
ついうっかり、“あげる”と言いそうになりコウは首を振った。
「秀麗。
 それだけは本当に駄目なんだ」
文字通り災いしかもたらさないだろうから。
「出来ません」
「何故だ?」
秀麗はムスッとして答えた。
視線をコウから外して。
「怒ってるからです」
秀麗は何度もそう繰り返す。
コウは首を傾げた。怒って感情を爆発させたいのは、それこそコウの方だというのに。
この、どうにもならない状況に。
何に対して怒っているのか・・・・聞こうとしてコウは止めた。
聞いてしまったら、コウの方が困ってしまいそうな気がした。
秀麗は言っていなかったか?
“絳攸様は死ぬつもりの目をしている”と。
何も言わないコウに痺れを切らしたのは秀麗の方だった。
「怒ってるんです。自分自身の為に」
は?
とコウは思った。
全くもって予想外の言葉だった。
「秀麗?」
「・・・・怒るのを止めたら。
 泣きますよ?
 私。
 泣かないって決めたんです。
 泣かないために怒ってるんです。
 化粧だってしたんです。
 泣けないんですよっ」
コウはハッと目を見開く。
頭にチラついたのは美しく成長した女性。
彼女が笑わなくなったのは、何がきっかけだったか・・・。
いつも怒っているような態度をとるのは。


―――・・・秀麗


今なら、聞きたいと思った。
はるか未来の彼女に。
怒っている理由を。
心の片隅にわだかまって、それでも何もできずにダラダラと過ごしてきてしまった。
こんな悔やみを・・・・今更悔恨を・・・。
コウは土を握りしめる。
爪に土が入り込んでも構いはしなかった。
(・・・でき・・るか。
 今更後悔なんて出来るかっ!
 帰ってやる。何がなんでも帰ってアイツに聞いてやるっ)
欠けた手足・・。
この先が未来に繋がっていないと、誰が決めた?
万が一でも可能性は残っている。
コウは秀麗を仰ぎ見る。
その時。
ふっと優しい気配にコウは包まれた。
秀麗が眦に溜まりそうな涙を堪えて笑っていた。
秀麗は知っている。
強い思いは目に宿るのだ。
死も生も単純だからこそ強い。

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