楸瑛が牢を出た時そこは修羅場だった・・・いや、沈黙が痛々しい雰囲気に包まれていた。
楸瑛の登場にぱっと顔を輝かせた主上と、どこか億劫そうに顔を上げる秀麗と。
心中あちゃ―と思いつつ楸瑛は婦人受けのするサワヤカナ笑顔を作る。
「主上。秀麗殿
 これから絳攸のところですか?」
劉輝は苦笑気味に顔を上げた。
「ああ。
 絳攸は・・・・変わらぬ、か」
「まぁ。そうですね」
二人の声音には少しの疲れが滲んでいた。
だが、なじる言葉は出てこない。
攻める言葉も。
そんな言葉は絳攸ではなく己に吐き続けた二人なのだ。
なんだかシンミリとした空気を割ったのは秀麗だった。
「劉輝。
 先に行ってらっしゃいよ」
劉輝はピクンと反応した。
牢に行く為にきたのだから、行くのは構わないのだが。
劉輝は楸瑛を見ると、楸瑛は曖昧に頷いてみせた。
「・・・・分かった。
 そうしよう」
そう言って劉輝は身を翻した。
何度か振り返っては、後ろ髪がひかれるような顔をしてトボトボ牢に向う。
秀麗は劉輝のしゃんと伸びた背を見つめながらポツリと言った。
「・・・・姿勢はいいのよね」
少し寂しそうに見えるのは目の錯覚だろう、と思いながら。
「・・・・主上は、剣を扱う方だからね。
 逆に絳攸は疲れてくると背が丸まりやすくなる」
楸瑛はワザと比較対象に絳攸の名前を出してみた。
牢で姿を隠してしまった秀麗がどんな反応をするのか、少しの意地悪を込めて。
秀麗の目が一瞬鋭く光ったようだった。
きっとした目で藍色を纏っていない楸瑛を見上げる。
「楸瑛様」
「何かな」
「私はっきり分かりました」
もの凄く真剣な目で凝視されて楸瑛は内心怯む。
「・・・・何をだい」
「“こうなったなら”じゃ駄目だって事です」
楸瑛は面食らった。
てっきり牢での事をイロイロイロイロ勘違いされて問いただされると思っていたのだが。
えーと?
「秀麗殿?」
秀麗は懐から包みを出す。
「絳攸様が起きたら食べて貰おうと」
「・・・・うん」
「絳攸様。日に日にやつれていくので、心配で」
「・・・確かにね」
「でも。
 私がしていたのは起きたらするべき事で・・・」
秀麗は握り拳を作った。
「今、衰弱を止める為に出来る事をしなければいけなかったって気付いたんです」
“こうなったなら”なんて受身ではなくて、今出来る事を“する”という大事さ。
「・・・秀麗殿。
 牢の中での事・・・主上に聞いたかな」
楸瑛は薬湯を飲ませている事を一人にしか言っていない。
(・・・邵可殿は気付いているだろうけど)
「・・・・はい。
 見た瞬間には、その・・・びっくりしましたけど」
そわそわと視線を彷徨わせる秀麗に楸瑛はふっと笑った。
「君もちゃんと持っているよ。
 行動に出る・・・“する力”を。
 勿論、絳攸もね。
 私は絳攸と付き合いが長い分、絳攸の“する力”は良く見てきた」
秀麗は弾かれたように楸瑛を見上げる。
楸瑛は穏やかな表情をしていた。何かを諭すような。
「秀麗殿と絳攸は良く似ていると思う。
 血は繋がっていないのに、ね」
「・・・それは」
今の秀麗は知っている。
自分と絳攸が従兄妹にあたる事を。
楸瑛は言葉を噛み締めるように言った。
「今度、絳攸と一緒に“仕事”をしてみるといい。“勉強”じゃなくて。
 君達は良く似ているから気付けないかもしれないけど、たぶん圧倒はされると思うから。
 絳攸が持っている“する力”に。
 私は・・・主上の為にここにいるけれど、ここにいたのは絳攸に“する力”を見たからなんだよ。
 見ていたいと思って貴陽に留まったら・・・・いつの間にか今がある」
場合により裏目に・・・負として傾く事がある力だけれど、行動にでた力の終着は“成る”しかないのだ。
“願い”とか“したい”という希望とは根本から違う“成る”に通じる力。
楸瑛は芯が一本通ったように、背を正して言った。
「秀麗殿。
 君は絳攸に匹敵する力を持っている。
 惜しみなく使って欲しいと思うよ」
秀麗は口端を引き絞った。
誰の為になんて、決まりきっている。
「・・・・・主上の為に、ですね・・・」
秀麗が口にすると、楸瑛は答えなかったが若干微笑を浮かべているように感じた。
藍州で再会してから楸瑛の劉輝に対する態度は変わったようには映らない。
けれど秀麗には強い意志が見えるような気がするのだ。
強い意志を象るとしたら、
「・・・花菖蒲・・・」
きっと、そういう事なのだろう。
秀麗がもらした言葉に、楸瑛は良くできましたとばかりの表情で答えた。
楸瑛は牢の方に目をやる。
遠い視線で追うのは主上の背中。
楸瑛は己の命を砕いてでも主上の為にあろうと決めた。
ただ一人では駄目なのだ。転じる事が出来ないのだから。
それが“絳攸”。
文を持って切り込み武で攻める事
武を持って攻めこみ文で守る事。
二人あれば攻防を転じる手段は何通りもあって一人では封じられた片割れを歯がゆく思いつつ単調な役割しかする事ができない。
「二人で一つの花だからねぇ」
王が絶対の信頼を置く“下賜の花”。
秀麗は楸瑛の中に花の誇りを垣間見た気がした。
恐らく、絳攸も同じように持っているだろう。
そうでなければ楸瑛は絳攸を“認めない”気がする。
秀麗はほぅと息を吐いた。
楸瑛の何という強い意志なのか。
劉輝に対して。絳攸に対して。
そして同じ花でも蕾である秀麗に対して。
敵わない気がした。
今は、まだ。
秀麗はフルフルとかぶりをふって・・・はたっと唐突に思い至った。
「楸瑛様。
 ・・・・とりあえず、楸瑛様が女性でなくて良かったです」
そうだったなら、本当にぐうの音も出ないくらいに敵わなかったに違いない。
同じ女性として。
楸瑛は一度目をまるく見開いて・・・次いで軽やかに笑った。
「そっちの心配はないと思うけどね。
 私が女性だったなら・・・・絳攸は絶対に私を認めないだろうから」
秀麗は数度瞬きをした。
どういう意味だろう。
そんな顔を見て楸瑛は更に笑うのだった。



                                 了
                             20080720


・今更ですが黎明の1コマがこんなだったらいいなぁと思って書いてみました。
 双花菖蒲だけれど根底は李姫だったり。
 しかも絳攸は寝てるし。

 一度、絳攸と楸瑛について書いて見たかったのです。
 とても深いところで認めあっている二人と双花の役割(マイ設定の)とを混ぜ込んで。
 全然うまくいかないけれど、寝かしていても仕方ないので取り合えず了としてみました。


 

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